2018年09月17日
佐久甲州街道てくてく旅信州編(佐久穂町・上畑宿、高野町宿)
2 コース 佐久穂町大石川橋の一里塚~JR八千穂駅~上畑宿、
中畑、下畑~高野町宿~宿岩~JR青柳駅
3 所要時間 約3時間30分(休憩含む) 約9㎞
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佐久穂町八千穂大石川橋の一里塚を出発。この一里塚は佐久甲州街道と麦草峠の北にある大石峠を越えて茅野に通じる旧道(大石峠道)の分岐点で、説明看板があり大きな榎が往時を偲ばせていました。この先、約0.5キロ北に上畑宿がありますが、途中寄り道をしJR八千穂駅そばにある奥村土牛記念美術館と銘酒「井筒長」の黒沢酒造「酒の資料館」を見学しました。
(上畑宿)
上畑の八千穂保育園前に「畑八村道路元標」があり隣に上畑宿の由緒説明があり大変参考になりました。宿場は江戸時代寛保2(1742)年の大洪水(戌の満水)によって壊滅的な被害を受け山際の高台に移転しました。流失家屋140軒、死者248名(全人員の半分)の大被害でした。宿場は余地峠を越えて上州に至る余地峠道や茅野へ向かう大石峠道の結節点で問屋場がおかれ人馬の「継ぎ立て」で賑わっていました。旅籠や茶店も多数ありましたが、今は宿場の雰囲気をとどめる程度でした。
(高野町宿)
上畑宿から北へ約4キロ行った所に高野町宿があります。ここは陣屋がおかれ問屋場を中心に荷物や人馬の往来が激しく240戸が軒を並べていたとのことです。千曲川を渡って余地峠・十石峠を経てそれぞれ上州・武州に通じる拠点の宿場でした。現在は陣屋跡に説明案内はありますが面影はありません。宿場は旧家の連なりなどから雰囲気を感じとることはできました。
2018年09月13日
佐久甲州街道てくてく旅信州編(小海町)
2 コース 海尻宿(南牧村)~小海駅~八千穂駅(佐久穂町)
3 所要時間 約4時間 約12㎞
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JR小海線海尻駅を出発。南牧村海尻宿の北に甲斐の国・武田氏による信濃侵攻の前進拠点の海尻城址入口が天台宗醫王院の境内にありました。この先の小海町八那池へは海尻洞門を抜けますが、かつては深山断崖をへばりつく人馬を阻む佐久甲州街道最大の難所でした。千曲川の東岸は古生代の古い地層で水害に遭うことは一度も無かったようですが、西岸は八ヶ岳が噴火した際の比較的新しい地層で国道沿いに断層がむき出しになっています。水害もあり街道は迂回したとのことです。小海の名前は887年八ヶ岳(天狗岳)が水蒸気爆発し大崩落した時、小さな湖ができ起源となったと伝えられています。その時を知る埋もれ木が役場ロビーに展示されていました。さらに役場のそばの北牧小学校入口向かい側には、移されていた馬流の一里塚がありました。この区間は旧道が所々に残っていて馬頭尊、庚申塔の石造物が残っていました。