2017年08月15日 07:02
大鹿村の秋葉街道第2弾は、北川露頭の下流、柄山・災害記念碑から大鹿村の中心部へ向かう旅でした。村の上流部鹿塩川流域の北川地区は、伊那谷を襲った36災害の爪痕が癒えず山肌がいまだにむき出しになっているところがあります。村々の変化は激しく、女高集落は13年前の平成16年に12戸あった集落が廃屋状態に、その下の儀内路も過疎化が進んでいました。中間点の小塩地区に入るとようやく国道が2車線化し生活の匂いがしました。
「鹿塩」は、鹿が好んで舐めるという湧き水を飲むと塩分を含んでいたことが地名の語源になったとのこと。鹿塩の市場神社は、国選択無形民俗文化財大鹿歌舞伎が公演されているお宮です。昭和58年より毎年秋の公演が10月第3日曜日に行われています。来場者は1,500人を数え村の人口の1.5倍になる盛況ぶりとか。隔絶されたかに見える山間地ですが、秋葉街道を通じてさまざまな文化が入ってきたことが伺えました。