2017年08月13日 14:42
分杭峠から大鹿村へは公共交通機関がないため、峠からは私有車を停めて15分くらい下り、遡って20分くらい上る方法を6回繰り返し北川露頭下の柄山の災害記念碑まで歩きました。距離は峠から5キロと短いのですが所要時間は見学を含め4時間もかかりました。鹿塩川の源流「三ツ沢」にはキクヤ茶屋跡があり、ここから先の秋葉古道は矢立木まで右岸側を通っていました。古びたテープや看板はところどころにありましたが、この先の道は左岸側を通っていました。左岸側は車道ができたため秋葉古道は廃道になり、街道歩きは国道152号をもっぱら歩きました。北川露頭の槙立には、石積みの整地跡、馬頭観音、北川三社神社、分教場頌徳碑などがあり営みを感じる跡がありました。この地は木地師が細々暮らす里でしたが、明治末から大正にかけては木材の伐り出しで大きな集落が出現したとのことです。大花沢橋のたもとには成田不動があり養蚕が盛んだった頃の面影が残っていました。大鹿村北川地区は三六災害で大被害があったことを災害記念碑で知りました。