2016年05月05日 10:53
坂木宿は戦国時代、信濃の勇将・村上義清の山城「葛尾城」があった地区で、町名は明治以降に坂城町となりました。街道には大壁造りの本陣表門が残っており、隣地に江戸時代に名主を務めた坂田家が姿を留めていました。北国街道の最大難所の横吹八丁は、高崖の山と千曲川に挟まれた天然の要害地で、通らなければ前後の坂木宿、戸倉宿に行けない危険な道で旅人の苦労は計り知れなかったです。
戸倉宿は上、下に分村したため、2宿が合宿した宿場でした。上戸倉宿は本陣門や老松は残っていましたが、下戸倉宿は18号沿いのため本陣の面影はなく、築250年の風格漂う下の酒屋が往時を留めていました。現在は千曲川の左岸に戸倉上山田温泉があり賑わっています。上山田の「荒砥城址」は村上氏の一族である山田氏が築いた城で、連郭式山城が再現され千曲川、戸倉上山田温泉、坂城町などが見下ろせました。